ポリカーボネートとビスフェノールA
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ビスフェノールA
安全性について
人の健康への影響
ビスフェノールAについては多くの安全性試験が行われています。試験項目毎に概要を説明します。さらに詳しくお知りになりたい方は、ビスフェノールA及びポリカーボネート樹脂の安全性に関する日米欧の化学工業会の組織PC/BPA Global Groupのウエブサイトをご参照下さい。
なお、ここではビスフェノールAをBPAと略称します。
急性毒性
大量の化学物質を1回投与し、毒性の発現状況を観察する試験です。半数の動物が死亡した投与量を半数致死量(LD50)と言います。LD50が大きいほど毒性が弱いことになります。なお、単位のmg/kgは動物の体重kg当たりのBPA投与量mgを示します。
BPAを経口投与した場合のLD50は次のとおりです1)。
マウス LD50: 2,400mg/kg
ラット LD50: 3,250mg/kg
食塩のLD50 は3,000mg/kgなので、BPAの急性毒性の強さは食塩と同程度です。
亜急性毒性
毎日繰り返し投与して、影響をみる試験です。
BPAについてはマウスとイヌを用いた90日間の経口投与試験を行っています。
(1)マウスを用いた試験2)
餌にBPAを2,000〜40,000ppm混入して90日間投与した。
無作用量(NOAEL)は2,000ppm(550mg/kg/日に相当)でした。5,000ppm以上では腎臓に影響がみられました。
(2)イヌを用いた試験3)
餌にBPAを1000, 3000, 9000ppm混入して90日間投与した。
無作用量(NOAEL)は3,000ppm(75mg/kg/日に相当)でした。9,000ppmでは肝臓の相対重量が増加しました。他に悪影響はありませんでした。
慢性毒性・発がん性
長期間繰り返し投与して影響をみる試験です。発がん性も併せて試験する場合はほぼ一生涯投与します。なお、寿命はマウスが約2年、ラットは3年弱です。
BPAについてはマウスとラットを用いた経口投与試験を行っています。
(1)マウスを用いた試験4)
オスは0, 1000, 5000ppm、メスは 0, 5000, 10000ppmのBPAを餌に混ぜて103週間投与した。
無作用量(NOAEL)は1,000ppm(130mg/kg/日)でした。5,000ppm以上では体重増加量が低下しました。発がん性は認められませんでした。
(2)ラットを用いた試験4)
餌にBPAを0, 1000, 2000ppm混入して103週間投与した。1000ppmでもわずかに体重増加量が低下しました。他には対照群(0ppm)との差は認められませんでした。発がん性は認められませんでした。
1000ppm(50mg/kg/日に相当)は、わずかながら体重増加が低下したので完全な無作用量ではありません。そのため許容摂取量を求める際の安全率は、通常の100ではなく1000をとっています。
発生毒性(催奇形性)
マウスやラットの妊娠期間は約20日間です。特に胎児が影響を受けやすい器官形成期(妊娠6〜15日)に化学物質を投与し、出産直前に解剖し胎児を取り出し影響をみる試験です。
BPAについてはマウスとラットを用いて試験をしています。両方の試験とも、どの用量でも奇形児の発生率の増加は認められていません。
(1)マウスを用いた試験5)
0, 500, 750, 1000, 1250 mg/kg/日を妊娠6〜15日に強制経口投与した。1,250mg/kg/日では母獣、胎児とも死亡率増加、体重増加量の低下がみられました。1,000mg/kg/日以下では母獣、胎児とも影響は認められませんでした。
(2)ラットを用いた試験5)
0, 160, 320, 640, 1280 mg/kg/日を妊娠6〜15日に強制経口投与した。
母獣は 160 mg/kg/日以上で体重増加量の低下がみられました。胎児は640mg/kg/日以下では影響は認められませんでした。
生殖毒性
1世代生殖毒性試験では、親となる雌雄に化学物質を投与し、交配させる。さらに妊娠中、授乳中のメスに、離乳後は子が成熟するまで投与します。子が成熟後、子同士で交配し上記の投与を繰り返し、孫への影響もみる場合は2世代生殖毒性試験と言います。内分泌かく乱化学物質問題では、妊娠中に化学物質に曝露された影響が子に出るのではないかと問題になっています。生殖毒性試験はこの問題を検査するための最も信頼できる試験です。
BPAについてはラットを用いた1世代生殖毒性試験を2回とマウスを用いた2世代生殖毒性試験を行っています。これら3つの試験結果から、BPAの生殖毒性での無作用量は50mg/kg/日と求められています。
(1)ラットを用いた1世代生殖毒性試験6)
雌雄に100日間投与後交配する。子には離乳後90日間投与しています。2回試験を行っています。1回目は餌中のBPA濃度は 0, 1000, 3000, 9000ppmです。無作用量(NOAEL)は 1,000ppm(50mg/kg/日に相当)でした。 2回目は 0, 100, 250, 500, 750, 1000ppmのBPA濃度で試験しています。いずれの濃度でも全く悪影響はみられず、無作用量が50mg/kg/日であることを再確認しています。
(2)マウスを用いた2世代生殖毒性試験6,7)
餌にBPAを 0, 2500, 5000, 10000ppm 混入し投与しています。最も低い用量である2,500ppm(437 mg/kg/日に相当)でも各種の悪影響が出ました。腎臓と肝臓の重量増加、雄性生殖器(精巣上体、精嚢)の重量低下が認められています。投与量が高すぎて無作用量が求められないという結果です。しかし、精巣重量は対照群との差は認められていません。精子濃度は低下傾向(最大で18%低下)を示しましたが統計的に有意な差ではないとされています。
(3)ラットを用いた3世代生殖毒性試験8)
500mg/kg/日では出産子数の減少等のみられたが、50mg/kg/日では生殖に関連する影響はみられず、生殖毒性に関する無毒性量は50mg/kg/日でした。親動物については、500mg/kg/日では体重減少など、50mg/kg/日ではわずかに体重増加量の減少が認められ、一般毒性に対する無毒性量は5mg/kg/日でした。
参考資料
薬物動態(吸収、分布、代謝、排泄)
化学物質を投与した後、血中の濃度と糞尿中への排泄量の推移を測定します。消化器からの吸収されやすさや体外への排泄されやすさを調べるための試験です。人での結果は次のとおりです9)。
- 投与されたBPAは消化器から速やかに吸収されます。
- 吸収されたBPAは肝臓でグルクロン酸と結合し、その後血液に入り体内を循環します。血中のBPAは90%以上がグルクロン酸と結合した状態で存在しています。
- グルクロン酸と結合したBPAは水溶性が高く、速やかに尿に排泄されます。BPAの血中での半減期は約6時間です。投与したBPAの94%が1日で排泄されることになります。
- 吸収されたBPAはほぼ100%が尿中に排泄されます。したがって、尿中濃度を測定すればBPAの摂取量の推定がつくことになります。
- BPAはグルクロン酸と結合すると女性ホルモン作用を失います。
吸入毒性
BPAを直接取り扱う作業員の場合は、BPAの粉塵を吸入することになります。その場合の安全性を検討するために行った試験です。
ラットに、BPAを 10, 50, 150 mg/m3で(6時間/日、5日/週で)13週間、吸入させた。影響が可逆的か否かを調べるために、1群雌雄各30匹のうち、曝露終了直後に10匹、曝露終了4週間後に10匹、12週間後に残り10匹を剖検しています。試験に使用したBPAの粒径は1.5〜5.2μgでほぼ全量吸入性です。
50mg/m3以上で体重増加量が用量相関性をもって減少しました。これはストレスが原因ではないかと思われます。150mg/m3で肝臓と腎臓の重量が低下しています。しかし病理検査では異常は認められていません。50mg/m3以上で鼻、喉、気管支の粘膜にごく軽度の炎症と増殖がみられました。これらは刺激作用に対する適応反応と考えられます。曝露終了12週間後には、ストレスや刺激作用が原因と思われる症状は完全に回復しています。無作用濃度は 10mg/m3となります6)。
神経毒性
妊娠中にBPAに暴露されると、生まれた子の神経の発達に影響がでる疑いがあるとの報告がでています。しかし、神経毒性については評価方法がまだ十分には確立しておらず、信頼性の高い結果を得るのは難しい状況です。
比較的実績の多い、反射運動への影響をみる試験や、オ−プンフィ−ルドという装置で運動量や行動状況を見る試験では、日本の厚生労働省10)及び環境省が行った試験11)でBPAには異常が認められないという結果になっています。
ビスフェノールAの安全基準
BPAは食品衛生法によってポリカーボネート製食器からの溶出基準が2.5ppm以下と定められています。この算出方法は、当研究会の調査では以下のような考え方に基づいているとものと推定しています。
化学物質の安全基準を設定するには上記の生殖影響試験の他に、発癌性試験、催奇形性試験および慢性毒性試験等を行います。
BPAについても生殖影響試験、慢性毒性試験および発癌性試験などの各種試験が行われています。生殖影響試験では50mg/kg/日で影響がみられず、慢性毒性試験では50mg/kg/日でわずかに体重の減少があった他は影響はみられませんでした。
これらの結果から、50mg/kg/日を基準にして安全係数1/1000をかけた0.05mg/kg/日をヒトでの耐容許容摂取量としました。すなわち、ヒトが1日に体重1kg当たり生涯摂取し続けても影響がない量は0.05mgということです。
日本の場合、成人の体重を50kgとしていますので1人1日当たり2.5mg以下なら影響ない用量ということになります。ポリカーボネート製の容器・包装に入った食品を1日当たり1kg摂取するという前提を置いておりますので、BPAとしては2.5ppm以下の溶出なら影響ないということになります。
なお、米国でも0.05mg/kg/日を耐容摂取量としています。EUではBPAについてはいわゆる低用量問題が解決していないことを理由として安全率を5余計にとって耐容摂取量を0.01mg/kg/日としています。
人に対する安全性
家庭内の食事由来のBPA摂取量の実態調査結果が環境省より報告されています。
調査検体 | 全国10ブロック、50地点の家庭内の食事50検体(陰膳方式により採取する3日間の食事を1検体とする) |
調査時期 | 平成14年12月 〜 平成15年3月 |
調査結果 | 検体数:50 BPA 検出数:3 BPA 検出率:6 % 検出検体中の平均値:1.0 μg/kg 検出検体中の最高値:1.9 μg/kg [出典] 平成14年度第2回内分泌攪乱化学物質検討会 資料4(環境省) |
考 察 | 一日の食事量を2kg/日、成人体重を50kgと仮定すると、BPAの一日最大摂取量は次のように算出することができる。 (1.9 μg/kg)×(2 kg/日)÷ 50 kg = 0.076 μg/kg/日 この値はBPAの耐容許容摂取量0.05 mg/kg/日と比べて、数百分の1の量に過ぎず、安全上問題ないと考えられます。 |
ビスフェノールAの各種安全性試験結果のまとめ
引用文献
1) NIOSH: RTECS (1999)
2) 古川文夫ら、衛生試験所報告 112, 89-96(1994)
3) GE(1976),Bisphenol A, Ninety Day Oral Toxicity Study in Dogs
4) NTP TR-80-35(1982), Carcinogenesis Bioassay of Bisphenol A
5) R.E.Morrissey,et al.,Fund.and Appl.Toxicol. 8, 571-582(1987)
6) BUA Report 203 : Bisphenol A (December, 1995)
7) J.Lamb,et al., Environ. Health Perspect. 105(suppl.1), 273-274(1997)
8) R.W.Tyl, et al., Toxicological Sciences 68, 121-146(2002)
9) Voelkel, W., et al., Chemical Research in Toxicology. 15(10):1281-1287(2002)
10) Ema M., et al., Reproductive Toxicology 15, 505-523 (2001)
11) 環境省 平成16年度第1回内分泌攪乱化学物質問題検討会 配布資料