ポリカーボネートとビスフェノールA
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ビスフェノールA
安全性について
環境への影響
生分解性及び濃縮性
ビスフェノールAは日本の化審法に基づく試験ガイドライン(OECD TG 301C)では「難分解性」と判定されています。しかしその他の試験ガイドラインに基づく試験(OECD TG 302A, 301F等)では「良分解性」とされています。
河川水中でも分解すること、自治体の排水処理場などでは良く分解することが報告されています。
化審法に基づく魚を使った濃縮度試験では「低濃縮性」と判定されています。食物連鎖に従って高濃度に濃縮されることはありません。
水生生物への影響
ビスフェノールAに短期間(2〜3日程度)曝露された場合の影響は、藻類・魚類・ミジンコ(甲殻類)とも1,000μg/Lより高い濃度が必要と報告されています。魚類を使った長期間の影響について、環境省は、メダカの試験で、繁殖に影響を及ぼす濃度は概ね1000μg/L以上と報告しています。EUのリスク評価書では、ファットヘッドミノーという淡水魚の3世代試験で、160μg/L以上では孵化率に影響がでる、16μg/Lでは影響なし、と報告されています。予測無影響濃度(PNEC)は、EUリスク評価書(2008)では1.5μg/L、EUのビスフェノールAメーカーのCSR(化学品安全報告書)では18μg/Lと計算しています。
環境モニタリング結果
河川中のビスフェノールA濃度は次のとおり報告されています。
年度 | 平成 11年度 |
平成 12年度 |
平成 13年度 |
平成 14年度 |
平成 15年度 |
平成 16年度 |
中央値 (ng/g) |
0.025 | 0.03 | 0.02 | 0.025 | 0.02 | 0.015 |
95%値 (ng/g) |
0.3 | 0.16 | 0.18 | 0.16 | 0.1 | 0.14 |
検体率 (%) |
65.3 | 75.0 | 65.3 | 76.4 | 68.1 | 63.9 |
検出限界値(ng/g): 0.01
【出典】
考察
ビスフェノールAの環境水中の濃度は極めて低く、平成15年度の95%値で0.11μg/Lです。この濃度は、水生生物に悪影響が出ると報告されている最低濃度である160μg/Lに対して数百分の1(メダカに対しては数千分の1)で、予測無影響濃度に対して、10分の1以下(EUリスク評価書)或いは100分の1以下(CSR)になります。
以上のことから、ビスフェノールAが水生生物に悪い影響を与えることはないと考えます。
参考文献
1) C.A.Staples,et.al.,Chemosphere 36(10),2149-2173 (1998)
2) 化学品検査協会編集「化審法の既存化学物質安全性点検データ集」p4-11 JETOC (1992)
3) 横田弘文ら、化学品検査協会第4回研究発表会講演要旨集 p43-54 (1999)
4) 西川洋三、アロマティックス 51(1/2), 36-44 (1999)
5) EUリスク評価書 (2003)
6) 環境省 平成16年度第1回内分泌攪乱化学物質問題検討会 資料5-2 (2004)
ビスフェノールAの環境中の安全性
2022年5月6日改訂
概 要
BPAは生分解されやすく、蓄積性はありません。下水処理場で96%は除去されると報告されています。(BPAは内分泌かく乱物質ではないかという疑いをもたれていることから、PCBなどと同じく難分解で蓄積性があると思われているようですが、そうではありません。)
BPAについて環境基準を設定して規制するということは、日本、あるいは欧米で行われていません。BPA については多くの水性生物種について慢性毒性試験が実施されており、これらの試験結果から我々は環境基準に相当するPNECを18μg/Lが妥当と考えています。日本の河川中のBPA濃度は中央値で0.01μg/LですからPNECの1/1000以下、95%値でも0.3μg/Lで1/60でありリスクは低いと判断できます。
目 次
1. 生分解性
2. 濃縮性
3. 環境中での挙動
4. 水環境中のBPA濃度
5. 生態毒性
6. PNEC(予測無作用濃度)
7. リスク評価
8. 環境に関する法規制
9. 引用文献
1.生分解性
1.1 生分解性(文献1)
幾つかのスクリーニング試験で、BPAは易分解性である結果となっている。OECD 301Fの試験法で、20℃で10%分解まで4.7〜5.2日かかるが、その10日後にBOD分解率は77.1〜
92.3%になる。(易生分解性の判定基準は60%以上である。)
より実際の環境に近い試験として次の試験結果がある。欧米の多くの地域から集めた河川水を用いて、BPA濃度0.05〜5500μg/Lと広範囲の濃度のBPAを添加して行った試験では、平均3.4日の誘導期の後、半減期1.2日で分解する。日本でも同様な試験結果がある。分解速度は、一般に温度と微生物量の関数で示される。ほとんどの河川水ではBPAの半減期は20℃で4〜7日である。このことはBPAを分解する微生物はどの河川にも広く存在することを示している。
(注釈)
環境ホルモン又は内分泌かく乱物質にはPCBやダイオキシンなどのPOPsが含まれる。POPsは分解せず濃縮されることから、BPAも生分解せず、濃縮されると誤解されることが多い。しかし、BPAが内分泌かく乱物質ではないかと疑われる理由は弱い女性ホルモン作用があることによるもので、BPAにはPOPsの難分解、高濃縮の性質はない。
経済産業省が行っている既存化学物質の安全性点検結果では、BPAは分解性せずとなっている。この試験方法はOECD402Cで、グルコースで純粋培養された汚泥を使用するためにBPAの分解力が弱くなっているとためと推定される。他の試験法ではBPAは生分解される。
1.2 下水処理場での処理(文献2)
国土交通省が、平成10、11、12年度に、全国の47の下水処理場で測定した結果を報告している。この報告によると、BPAは下水処理場で容易に除去される。除去率は96%である。
データ数 | 最小値 | 中央値 | 90%値 | 最大値 | 除去率 | |
流入水 | 133 | 0.04 | 0.53 | 1.5 | 9.6 | 96% (中央値) |
流出水 | 154 | n.d. | tr(0.02) | 0.20 | 0.52 |
除去されたBPAのうち、約70%は生分解による消失で約30%は汚泥に吸着除去される。汚泥に吸着されたBPAは、余剰汚泥として焼却される。
2.濃縮性
(文献3 page 45)
濃縮性は低い。 経済産業省が行っている既存化学物質の安全性点検結果では、BPAのコイを用いた濃縮試験で濃縮倍率は20〜67と報告されている。
(濃縮倍率100以下は濃縮性低いと判断される。)
3.環境中での挙動
(文献4)
BPAの水溶解度は25℃において300 mg/L、水-オクタノール分配係数はlog Kow 3.42、ヘンリー常数は1.0×10-10 atm m/Lである。このことから、BPAは常温では揮発せず、土壌や底質に強く吸着されることが分かる。
水環境中のBPAは生分解性の項で述べたように微生物の作用を受けて容易に生分解する。ただし、一部は懸濁物に吸着され、沈殿し、河川等の底質となる。BPAは嫌気性条件下では生分解はしないので、底質中では生分解はされにくい。しかし、底質中にはMnO2が存在し、これにより酸化される。酸化されれば水溶性が増し、底質から脱着されやすくなり水相に移行する。水中では生分解される。したがって、底質中のBPAも徐々に消失すると考えられる。
4.水環境中のBPA濃度
(文献3 p 48-53)
文献3 p 48-53に、2003年又は2004年公表分までのデータがまとめられている。その付録には個別データが収録されている。この 個別データをもとに中央値、95%値をもとめると次のとおりとなる。日本でのBPA測定データは、2005年以降は少ないので、現在でもこのまとめと差はないはずである。
測定地点数* | 中央値 | 95%値 | ||
表層水 | 淡水 | 1,120 | ca 0.01 | ca 0.3 |
海水 | 187 | ca 0.005 | ca 0.08 | |
底質 | 淡水 | 475 | ca 0.1 | ca 50 |
海水 | 85 | ca 3 | ca 30 |
*一地点で複数の測定値がある場合はその平均値を採用している。
測定データの総数は淡水・表層水では3,956ある。
(注釈)
環境への放出源は何かについては、明らかでない。
REACH物質評価のために行った、環境放出からのシミュレーションの結果では、消費段階の放出が主体で、工業系の放出は少ないとなっている。都市下水処理場の処理水が主たる排出源のようだが、どこから都市下水処理場にくるのかは明らかでない。
水環境中BPA濃度の経年的な傾向は?
国土交通省が1998年から行っている1級河川での継時的な測定では、BPA濃度の低下の傾向はみられない。これは1級河川ではBPAが注目され始めた1998年にはすでに環境改善が進んでいたためと思われる。
環境省の1999年から2004年まで測定した結果では、1級河川以外の汚染の高い地点も測定対象になっているためか、わずかながら低下傾向があるように見える。
日本では、BPAの環境への放出防止のために次の対策をとっている。
・下水処理の普及:BPA濃度の低減に一番効果があったのではないかと推定している。
・感熱紙での使用中止 1,200トン(1997) ⇒ 0トン(2001)
・塩化ビニル・ポリマーへの添加中止 300トン(1997) ⇒ 100トン(1998)
・工場での管理強化(対策が取られたか否か明らかでないが)
・埋め立て処分地からの排水処理(対策が取られたか否か明らかでないが)
高濃度地点
環境省の測定結果では19μg/Lという値があり、BPAについて検討が必要だという根拠に使われる。しかし、この値は2002年の大阪・味生水路での測定値で、AISTの詳細リスク評価書P140に次のとおり説明がある。「味生水路は、大阪府摂津市にある排水路であり、BPAに限らず様々な汚染物質が検出されている。そのような水環境を改善するには、個々の物質濃度を管理するより前に、有機物全体の負荷量を削減する必要がある。したがって、本評価書では、暴露評価の対象とはしない。」 したがって、このような測定結果をもとにBPAについて検討が必要と考えるのは間違っている。
5.生態毒性
5.1 急性毒性(文献5)
PC/BPA Global Groupが行った淡水生物についての試験結果では次のとおりである。
生物種 | 試験法 |
藻類 | 96h-EC50: 2.7 mg/L |
ミジンコ | 48h-EC50: 10 mg/L |
魚類(Fathead minnow) | 96h-LC50: 4.7 mg/L |
5.2 慢性毒性(文献6)
データの少ない物質の場合は、魚類慢性毒性試験として初期生活段階毒性試験(ELS)を用いる。データの少ない物質のベースに合わせると慢性毒性は次のとおりとなる。
生物種 | 試験法 | 試験結果(μg/L) |
藻類(緑藻) | 4日間 | EC10 : 1360 |
ミジンコ | 21日間 | NOEC : 3160 |
魚類(メダカ) | 60日間 ELS | NOEC : 355 |
BPAについては、慢性毒性試験についても多くの生物種に関する多くの試験結果がある。詳しくは、引用文献6を参照願いたい。
6.PNEC(予測無作用濃度)
6.1 (淡水及び海水)水中のPNEC(文献6)
予測無作用濃度(PNEC)を、種感受性分布法(SSD)を用いて求めた。
BPAには淡水で10種類の生物科、14種類の生物種、19の有効な慢性試験結果がある。
種感受性分布法(SSD)のうち、EUで採用されているHazard Concentration 5を用いてPNECを計算すると、18μg/L となる。
6.2 底質中のPNEC(文献7)
淡水底質
最も感受性の高い慢性の底質生物試験の結果にAF 10を適用して求める。
3つの有効な底質生物試験ある。が
生物種 | 試験法 | 試験結果 |
セスジユスリカ | 28日ライフサイクル試験 | NOEC 210 mg/kg-dw |
貧毛類オヨギミミズ科 | 28日生殖試験 | NOEC 22 mg/kg-dw |
エコエビ類 | 28日慢性毒性試験 | NOEC 12 mg/kg-dw |
PNECは、12 mg/kg-dw ÷ 10 =1.2 mg/kg-dw
海水底質
ECHAのガイダンスによれば、底質生物試験のうちもっとも感受性の高い試験結果にAF 50を適用する。海水生物では感受性の範囲が広いので大きなAFを採用する。
PNECは、12 mg/kg-dw÷50 = 0.24 mg/kg-dw
7.リスク評価
PNECと環境中のBPA濃度を比較すると次のとおりとなる。
PNEC | 濃度の測定結果 | 95%値/PNEC | ||
中央値 | 95%値 | |||
淡水 | 18μg/L | 0.01μg/L | 0.3μg/L | 0.017 |
海水 | 18μg/L | 0.005μg/L | 0.08μg/L | 0.004 |
淡水底質 | 1,200 μg/kg-dw | 0.1μg/kg-dw | 50μg/kg-dw | 0.04 |
海水底質 | 240 μg/kg-dw | 3μg/kg-dw | 30μg/kg-dw | 0.13 |
95%値/PNECはいずれも1以下であり、リスクは低いと判断される。
8. 環境に関する法規制及びGHS分類
BPAについて環境基準を設定し、それ以下に管理するという規制は日本にも欧米にもない。
日本では、化審法で生態毒性の観点から「優先評価物質」指定され、リスク評価の対象物質となっている。
GHSの水生環境有害性は、急性は区分2,慢性は区分3となる。
9.引用文献
- Treatment of wastewaters containing bisphenol A: State of the science review.
Melcer H, Klecka G., Water Environment Research, 2011, 83(7), 650-66
- 国土交通省都市・地域整備局下水道部
下水道における内分泌攪乱化学物質(環境ホルモン)に関する調査報告(平成12度)
- 産総研 詳細リスク評価書シリーズ6「ビスフェノールA」 (2005)
- Fate of Bisphenol A in terrestrial and aquatic environments
J. Im and F.E Loffler, Environmental Science and Toxicology, 2016, 50, 8403-8416
- Bisphenol A: Acute aquatic toxicity
Alexander H.C.,et al., Environ Toxicol.& Chem., Vol. I, pp. 19-26, 1988
- Comparison of four species sensitivity distribution methods to calculate predicted no effect concentrations for bisphenol A
C.A.Staples, et al., Human and Ecological Risk Assessment, 14:455-478, 2008
- Characterizing the effects of bisphenol A on sediment-dwelling benthic organisms
Charles Stables, et al.,Environ Toxicol & Chem 2016; 35: 652-659